2週間たって、「優しい気持ち」

3月11日、東北地方太平洋沖を震源とした大地震が発生し2週間ばかりが過ぎました。

大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。

この震災で多くの想像もつかないような大きな被害を出した東北。
その東北にある原発により首都圏にも計画停電や、毎日変わる色々な目に見えない恐怖。
被害を受けた地域を含め日本全体がもう悲しくて怖くて。おとといから、実家の兵庫県にいます。私の住む横浜も、被害はそんなにありませんが。

なくなった方もいるし、町の風景を見ても、地面が壊れていたり、外壁が落ちているビルもあるようです。私は、外出中にだんなさんとあいました。

ダイエーの1階でそれぞれ、買い物をしていて、地震に敏感な私はかすかなゆれを感じて、だんなさんを探したときにはもうゆれていて、どんどん大きくなるゆれに怖くて二人で手をつないで外に飛び出して

そこから家まで歩いて帰ってうちはマンションの4階ですが。通気ダクトの通る壁が一部はがれ隙間ができて、下にあったベッドや服が壁紙の粉にまみれていました。

たんすの引き出し。ベッドの下の引き出しは全部でちゃってて、カメさんの水槽はうごいていて、グッピーさんの水槽からは水がでて、台所は散乱して割れたり。
玄関もガラスのものは落ちて割れていました。私は阪神大震災で被災しているので普段から注意していたのにコレだけ割れるとは。。家の中にいなくてよかった。パソコンも壊れてしまったようで、(今はモバイルの小さなのでやってます)

今年に入ってからのデータがもしかしたら駄目になってるかもしれないのですが。いまいちことの重大さがまだ理解できず・・・毎日流れてくるテレビの映像に怖くて悲しくて。
阪神大震災より甚大な被害なのは報道によりわかっています。
でも確かに私もあの風景を16年前にしっています。瓦礫の山になったふるさとや家を前にただ呆然としてたこと。

手が見えてるのに、そこにいるのに助けられない近所の方々。悲鳴。におい。
そして「元気だった?」というのではなく「生きてるかそうではないか」という会話。
体育館に並んだたくさんの毛布。
長い配給や給水の列に並んだこと。
カメラを向けられたこと。そして知っています。

テレビの画面の向こうで「生きているだけでありがたい」という笑顔は私たちの今日常を送れる中で発する言葉とは意味も重さも違うこと。
価値観が180度変わってしまっていること。

震災のときに東北の自衛隊の方にもたくさん助けてもらいました。
母は病気をもっているので一緒にボランティアの方に病因に連れて行ってもらったり。今度は私が何かを・・と思うのですが、自分自身が余震が怖いし、フラッシュバックとまではいきませんが、寒くて震えているのか怖くて震えているのかわからない。

夜は寝られない。3日前まで、ずっと家の中で靴を履いてもともと震災後17年立ってもパジャマはきれないんですが、

震災直後のように、ジーパンですごしていました。緊急地震速報がなるたび、玄関に行ってダウンをきて・・玄関のドアを開けて。17年たってようやく薄れた恐怖感と。何もできない無力さと。なんだか自分でもわからない状態で。夜中もうなされたり、自分の声でおきたり。ずっと顔をしかめて寝てるそう。震災を経験してるからこそ何か今こそ!とおもうのに。

あの中にいる方々の気持ちがわかるから。今こんな私が怖がってたら被災地の方にくらべたら・・・と堂々巡りで。どうあがいてもどういっても、被害を受けた人と回りにいる人の心の距離感は埋まらないし。

何気ない一言がどれだけ傷つくか。たとえば・・私は家が倒壊してすむ家がないときに大阪の友人が「こっちもめっちゃゆれてんで。皿割れたし。」といわれても「だから・・?」って思ったし。

ボランティアできた友人が「お風呂に3日入れないなんて我慢できないからかえる」といった言葉に傷ついたり。遠くから来たボランティアの方が開いた励ます会や歌や薄っぺらく感じたり。専門学校の先生が。「学校にこないと卒業資格を取り消す」といわれてもその卒業資格が同でどうでもよくなってた気持ち。

同じく被災して家をなくした担任の先生が必死で職員会議にかけてくれて卒業させてくれたこと。物資をあけたら、中に「コレがどんな方にどんな風に使われるか知りたいので連絡ください」って住所と名前が書いてあってそのまま閉じて返したこととか。
ウェディングドレスや、汚れた服が入ってたり。同じ被災を受けた人でも、もともとの環境が違うんだから受けた被害も違えば色々違う。みんな一緒だけれど。みんな一緒じゃない。

家族を亡くした友人には、なんだかみんな助かった自分の家族を申し訳なく思ってしまったり・・・それをしってる自分に何ができる?

何もできない。どんなにあがいても今悲しみの中にいる方たちに寄り添うことなんて絶対にできない。私がそうだったやん?あの中にいたとき、とてもありがたいと思っても差し伸べられた手もうまくキャッチできる余裕がなかったでしょ?と問いかけていても答えは出ず。

でも現実には、遠くの被災地の方も心配だけれど目の前にいる愛する家族も私が守らなくっちゃ、支えなくちゃ、だからボランティアに登録できないし。何より自分が今なんだかおかしい。堂々巡りもいいところでした。何かしたいのに何もできない。動けない。いきなりできたこうなんえんが治ったと思えばもともと果物にアレルギーがあるんだけれど。今まで大丈夫だったものまで反応してカレーの中の果物成分とかりんごとかまで。

口の周りも唇も口の中もぼこぼこになっちゃうし。だんなさんから見ても私の様子がおかしいということもあって、冷静になりたいということでいったん今実家にいます。だんなさんも一緒に。

来週には戻ります。

すると・・・ここでも買占めがあったりするのですが、横浜では、まゆをひそめてみていた買占めも、ここでは少し冷静に「誰かに送ってあげたい愛」と感じるようになりました。被災地の被害が大きすぎて見えなくなっていた、この地震の前に私や家族が確かに抱えていた問題はやっぱりそこにあることや。

被災地の方を思う気持ちも、遠く離れた大事な人のためにお水や電池を買ったりする気持ちも重さは一緒だなと思ったり。

うまくいえませんし、こんなときなので私の言葉が誰かを傷つけているのかもしれないけれど。
まずは・・私は私の大事な人たちをまずは一番に考えよう。家にかえって母の体調も思わしくないし、それを支える父も心配。
だんなさんのことも心配。今は色々と不自由なこともあって心穏やかではない日々が今後まだまだ続くだろうし、

まずはこの身近な人を守ろう、そしてそれができたら少しずつ周りを見渡そう。それからでも16年前にもらった勇気や支援の恩返しはできる。と
同じ阪神大震災を受けた方のなかにも同じ声を何人も聞きます。

16年前に怖かったり悲しかった気持ち戻っちゃったね・・と。
フラッシュバックで苦しむ方もいるそう。復興は、これからも何年も何十年もかかるでしょう。

神戸もそうですが、復興してもやっぱり心の傷はいえないし、どこかであきらめ
新しいふるさとを受け入れみんなで手をつなぎ進んでいくんだと思います。

何をどういっていいのかなかなかうまく言葉がみつからないのですが。
今自分ができることを精一杯して生きていくしかないのだなと思っています。

第一歩として、
お取り寄せを今自粛しています。
それが正しいことかわかりませんが、
必要最低限のものは届けてもらったりしていますが。
今は、配達の荷台も、輸送のエネルギーもガソリンもそれは被災地へ向けたものであってほしいと。誰かが誰かを思う気持ちで満たされてほしいと思うから。
実際に私一人がそう思ってもその実際にエネルギーが行くわけではないのだけれど。
みんなが今一生懸命節電してるから回避できる停電をみると一人一人の力は集まるとすごいなと思っています。

というわけで、4月に予定していたお取り寄せ講座は延期となりました。
その代わり今は少し目線を変えて地産池消に力を入れて
復興したら、そのときこそお取り寄せ生活研究家としては、お取り寄せ好きの一人として東北の美味しいものたくさん紹介しよう!
もっともっと広げるお手伝いができたらとおもいます。

きっと何が正しい。何が間違ってるかはないのだと思います。
みんながそれぞれ自分にできること、おかれた立場で守るものを守り・・・・

そう思っています。

神戸も立ち上がりました。私たちは比較的早く、2週間ちょっとで避難生活を離れいったんふるさとを離れ、そこから被災地に通う生活だったけれど。
離れて生活を立て直し働いて、家族を守りそして戻ってきました。
そのときは「逃げるんだ」といわれ罪悪感がありましたが、
でも被災地にい続けることがいいことだとは思っていません。今もテレビで、被災地の方が離れることをそんな風に罪悪感を感じながらふるさとをあとにする人もたくさんいると聞きます。

その場で頑張る人は頑張る人の立場。
離れる人は離れる立場。
私たちが離れたから、
同じく家を失った祖母を病院から直接引き取ることができたし。
ふた家族分どこかのだれかが仮設住宅に入れたと思っています。大好きな町は今も姿をかえてもそこには大好きなものが根付いています。
どうか・・・

道のりは長く険しくてもどうかふるさとを愛する気持ちは忘れないでいてほしいです。頑張れっていうのはよくないというけれど。

でもやっぱり今は頑張れなくても頑張れる人は頑張るしかないときだと思います。私も頑張ります。
自分に今できることを「できる形」でやっていきます。
自分が元気だから、手を差し伸べられる。一日も早く。この震災で傷ついた方の心が前を向き、1歩1歩明るい未来へ続くよう願っています。

疲れたら休みましょう。「優しい気持ち」を忘れずに笑える人は笑って、食べれる人は食べて、歌える人は歌って、寝れる人は寝て、節電できる人はして。遊べる人は遊んで、そして頑張りましょう。

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